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終わりの始まりの、新年。

皆様、明けましておめでとうございます!

令和初のお正月は、ご来光撮影「卒業」を決意する日になってしまった。(画像は、ご来光撮り納め)

自分にとっては、カメラ練習だけでなく、ご来光からその年をポジティブに過ごすパワーをもらう時間だった(いつの日からかそうなった)けど・・・

あの日のように、オカンに怒られた。
あの日は、オカンがご来光撮影にアンチであると受け止めるのが精いっぱいだった。
「いつかはこの趣味活動を卒業しよう」とは思っても、卒業の時を宣言するには至らず、以後、元旦に晴れることが憂鬱になってしまった。

曇りや雨の元旦のほうが、気が楽だ!

—とさえ思うように変わってしまった。
昨年、ご来光撮影を封印できたのだけど、その時は「ご来光以上にめったにお目にかかれないモノ(実際は人達)」を要した。
昨年大晦日の天気予報だと、今年の元旦も、晴れる。
でも今年は「元日にご来光以上にめったにお目にかかれないモノを見る」というご来光封印方程式を使えない。
なんだかんだで私の趣味を応援してくれる娘達が

ご来光拝みに行くよ(撮影するよ)って、事前にオカンに言付けて、ごく近場で撮って、その後は献身的に元旦の朝食の支度したらいい

—と後押ししてくれたが・・・

結果、惨敗。

 

彼女は、彼女のタイミングで私に朝食作りに参加してほしかったらしく(=半当てつけ的に娘1を起こして手伝いを頼んでいた)、自転車を飛ばして過去10ン年で一番早く撮影を終えて「何をしたらいいですか?」と私が尋ねても、開口一番に嫌味を言ってきた。

アンタがこのまま元旦に趣味活動すると、厄難が起きる

 

文字起こしすると恫喝的な印象だけど、その心は別のトコにある。
今回私が感じ取ったものは・・・

伝統の継承に、必死なだけなんだよね?

伝統の継承は大切なことだし、私の趣味・思考を直接攻撃しているわけではない。
お正月の伝統行事とお正月のアウトドア活動は、基本的にトレードオフなのだ。
家族全員がお正月のとあるアウトドア活動(例:初日の出を見る)に賛同している場合を除いては、昔からある伝統を安易にやめたり壊したりすることは、基本的に不徳なのだ。
今年80の大台に乗る母的には、愚痴りながらも姑から引き継いできたしきたりやら習慣が壊れるのを見ながらあの世へ行くのが辛いのだ・・・
それを表現したら、

アンタがこのまま元旦に趣味活動すると、厄難が起きる

・・・てなっちゃっただけで。

 実は私も、今回のご来光撮影は、一眼レフ握り始めて以来(フィルム一眼時代も含めると2001年~ )一番辛い撮影だったのだ。
ファインダーに映る画が、曇りガラス越しに見たかのように、ぼやけて何にも見えない・・・
どう構えてもピントが合わない・・・(私の目がファインダー越しに何も捉えられていないから、カメラ側がピント合わせどころではない)
構図を目視できないまま、勘だけでシャッターを押す

(以下、今年の失敗写真)

要は、利き目(私の場合、右)が、遠くのものを見づらくなっている。
じゃあ、左目にファインダー当てれば・・・と思っても、左目だけでモノを見ると、両目で見た時と比べて位置ずれしてしまう。
(注)現在私は、右目は遠くが見えにくく、左目は近くが見えにくい。近くと遠くとを片目ずつで合焦して「典型的老眼しぐさ」をせずにいる

 

上:2017年元旦のご来光
下:2016年元旦のご来光

今後、裸眼では「あの頃」と同じ画はもう撮れない。
スマホで写真を撮ることにすっかり慣れてしまって、自分の目(視力)状態を把握しようとさえ思わなくなっていたことに気付いた。
やっぱりカメラ(専用機)で撮った写真は、立体感が違う、フィルムカメラで撮ればなおさらだ。
カメラを長~く楽しむために、眼鏡やコンタクトを適切に使って、「眼鏡(コンタクト)越し視度」でカメラ撮りを習い直ししよう!
矯正視力でカメラ撮りを習いに通えば、ご来光の「穴」はやがて埋まっていく。

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