家族で初避難の記録・後編(10/13以降)

我が家は私以外、枕が変わると眠れない傾向な人が多いことを知った。
私だけなぜか、どこででも寝れるのだけど、周囲に盛大に迷惑をかけながらどこででも寝るらしく・・・(恥)

いびきで💦

3:30am頃母に叱られてから、変に目が冴えてしまい、そのまま起きることにした。
暴風雨も収まったみたいで、以後、1組、2組・・・と、避難所を出て帰宅し始める人達が出てきた。
うちの一族も、空が白み始めたのを確認して、帰宅。

皮肉にも、水戸市が避難指示を出したのが、13日の未明。
完全に夜が明けると、R123が大変なことになっていた・・・
前夜のうちから、入院中の夫に「那珂川がマジヤバイ。水戸、避難勧告だよ」ってメッセしたら、少したってから夫のFacebookに「牛が流れてきたアレ(=夫が過去に経験した台風)の再来があるのか」と書き込まれていた。
実際、「牛が流れてきたアレ」は、娘1がツイッターで見つけてきた。

 

我が家近辺のコンビニは、セブンイレブン以外は24時間営業している。
家路途中の開いているコンビニで、朝食用食料を調達。
子ども達は朝食後二度寝したっぽいけれど、私はそのまま起き続けて、インターネットモデム類をつなぎ直し。
ネットマジ大事だから。

1階に常備する電化製品の復旧順は下記の通り。

(1) ブレーカーを上げる

(2) インターネットをつなぎ直す

(3) 冷蔵庫の電源を入れる

(4) TVとブルーレイレコーダーをつなぎ直す

(5) 電子レンジを台所へ戻す

(6) オーブントースターを台所へ戻す

 

我が家は運よく浸水を免れ、結果的にTVや電子レンジ、インターネット機器類を2階に引き上げたことは結果的に杞憂で済んだ。
だが、歴史は塗り替わる時にはあっけなく塗り替わってしまうから、今後も「これまでに経験したことのない云々」とTVやインターネットチャンネルの報道があった際はまた、濡れたら困る電化製品は面倒がらずに全部外して2階に退避させるとか、人間もまた避難する想定で買い出しをしたり荷造りをしたりしようと思う。

 

ハギビスは、暴風雨を吹かせている時以上に、嵐が過ぎた後がえげつなかった。
朝食後はR123中心に、昼食後はR118中心に、近隣の幹線道路を試走。
10/15に、夫の教育入院の一環として、家族も同伴で受ける勉強会があり、遅れるとまずいので、ことさら念入りに周囲を見渡しながら車を走らせた。
R123はご愛顧していたホームセンターが完全水没、かなり手前の下り坂からすでに通行止めになっていた。
R118は、水戸市から那珂市に向かう辺りで上り坂があるのだが、その路肩に車や軽トラやトラクターがずらっと停めてあった。
那珂川沿いの田畑地帯に住んでる方々は、「那珂川で洪水が起きそうになったら、まず車、軽トラ、トラクター類(小型特殊自動車)を少しでも高い土地において守る」と代々教えられてきたのかなぁ・・・などと想像した。
ちょうど、私達が普段1階で使っているインターネット機器やパソコン、TV、ブルーレイレコーダー、電子レンジなどを2階に引き上げたように。
那珂IC以北の高速道路が走れることを確認し、裏道を使って家に戻ろうとすると・・・

R123から枝分かれする抜け道、完全死亡のお知らせ(😢)
国田大橋はすでに通行止めになっていた。
他の橋の様子も気になったので、千歳橋(R118)と水府橋(R349)も試走。
常磐道が通行できたのを確認し、息子は3連休を1日残してアパートに帰ることになった。
電車がことごとく計画運休だったので、車で帰るの一択。
私が走った時はギリギリ通れたのだが、10/13夜になってから、どちらの橋も水没した時間があったようだ。
カーナビが通行止めな道路には通行止め標識アイコンをつけてくれるのが、すごく心強かった。

 

10/15の午後。
R123と主要県道はほぼ通れるようになったけど、浸水地域が一方通行多し(災害支援車両用に片側は通れるようにした)。
畑の水はまだ引いてない。
10/13夜は、水府橋や千歳橋の辺りも道路浸水したみたいだけど、その辺りに住んでる娘2の旧友によると、田畑は水浸しになったけど家は無事だったとのこと。

「田畑は水浸しだが、民家は無事」・・・は、ハギビスが襲った直後は洪水警報が出ていなかった利根川流域でも起こっていた。
簿記レッスンを受けているパソコン教室が柏(千葉県北西部、東葛飾地区)にあるんだけど、レッスン日前日に「布施弁天付近浸水」てツイッターに出たし、常磐線も止まったり遅延がひどかったりしてたので、いつもは電車か常磐道を使って行くところを、前日夜半に車で家を出て、柏市内に前泊した。
そのくらい時間に余裕を持って予定を立てないと、電車遅延や道路の通行止めや渋滞で発狂しそうになる日々が、台風一過から丸1週間は続いた。

 

常磐線遅延情報の通知やカーナビの「通行止め」アイコンが減って、「どうにか日常を取り戻したなぁ」と感じるまでに、2週間を要した。
同じ頃夫は、教育入院を終えて、仕事復帰。

 

英語版も書いてみたよ。(1個完結)下のリンクから直行できるよ

[英語版] Super Typhoon Hagibis ※こちらの記事こそ、リアルタイム投稿

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